スヌーカーレフリー列伝~ヤン・バーハス編~

2. ヤン・バーハス(Jan Verhaas)

生年月日 1966年10月5日
出身地 オランダ,マーススライス
ハイエストブレイク 78点

ヤン・バーハスはイギリス人以外で初めて有名になったレフリーです。
2003年世界選手権決勝戦、この試合を裁いたのはオランダ人。
ワールドスヌーカーチャンピオンシップを裁いた外国人は彼が初めてだったのです。

長身で柔らかい物腰で茶目っ気ある笑顔が素敵なヤン・バーハスは
レフリーになる前はシェル・ケミカルズで働いていた。
1990年レフリーのクラス3の資格を、次いで1995年にクラス1(最上級資格)を得た。
初めて裁いたプロの試合は1993年 トニー・ドラゴ対スティーブ・デイビスの試合だった。
世界選手権の決勝は2003年を初めとして、2006年、2008年、2011年もレフリーを務めた。

そして、ヤン・バーハス自身も最も印象に残っているというのがマスターズの決勝戦。
彼は2001年、2002年、2004年、2007年、2009年、2010年にこの大会の決勝を裁いている。
そしてなんとポール・ハンターが優勝した試合も彼がすべて裁いている!

記憶に新しいのは2010年のロニー・オサリバン対マーク・キング戦。
ロニー・オサリバンは第3フレームで8点を得た後ヤン・バーハスに147の賞金を尋ねた。

その後着実に点数を積み重ね、140点までパーフェクト
ここでロニーはマキシマムブレイクの賞金がないので、ラストブラックを撞かずに試合を終わらせようとしたが
ヤン・バーハスがロニーを説得し、ブラックを沈めさせた。
ヤン・バーハスの配慮がなければ幻の147となっていただろう。
_49174552_ronnie147_640.jpg

ヤン・バーハスは現在でも第一線で活躍しており
今後も様々な大会の決勝戦を裁いてくれるでしょう。
今後は、この茶目っ気あるオランダ人の仕草も注目してみるとおもしろいかもしれません。
何より彼がレフリングする決勝戦は、なぜか名勝負になる確率が高いので
彼が登場したらその試合を期待してみましょう。

2494445363_30ecea37a1.jpg
画像はhttps://www.flickr.com/photos/ben-woodward/2494445363/より

 

Pocket

コメント

comments